強気相場の正体――リーマン前夜に繰り返された「見かけの強さ」

リーマンショック直前の相場を振り返ると、私は今も背筋が寒くなる。
サブプライムローン問題が2007年夏に表面化し、パリバ・ショックで不穏な空気が漂っていたにもかかわらず、S&P 500が史上最高値を更新したのは、問題が露呈した「後」の2007年10月だった。
当時の市場は「一時的な調整に過ぎない」「当局が流動性を供給すれば解決する」という楽観論に支配されていた。

さらに厄介だったのは、新興国が世界経済を牽引するという「デカップリング論」や、原油価格が1バレル140ドル超まで急騰したという「資源高=強い需要」という誤ったシグナルだ。
これらが相場の見かけ上の強さを支え、多くの投資家を逃げ遅れさせた。
私が最も恐ろしいと思うのは、「最も危険な時期に、最も相場が強く見える」という歴史の逆説である。
崖っぷちにいる自転車ほど、倒れないために加速し続けなければならない。
強気であること自体が、すでに警告なのだ。

2026年の崩壊シグナル――プライベートクレジットとホルムズ海峡

そして現在、2026年の市場にも、リーマン前夜と同じ「強気の歪み」が広がっている。
2026年4月、ブラックロックのアジア向けプライベートクレジットファンドで、中国の物流インフラ企業であるMetcold Holdingsが約2,750万ドルのデフォルトを起こした。
これは氷山の一角だと私は見ている。

プライベートクレジットの恐ろしさは、公開市場と異なり時価評価の頻度が低く、損失が表面化しにくいことだ。
さらにPIK(現物支払い)という、利息を現金ではなく追加債務で支払う形態が横行しており、これがデフォルトを先送りする「延命装置」として機能している。
逆回転が始まった瞬間、一気に流動性が枯渇する構造になっているのだ。

同時に、2026年3月のイランによるホルムズ海峡封鎖と製油施設破壊は、原油価格を120ドル超まで押し上げた。
これはコストプッシュ型のインフレであり、本来なら景気後退を懸念すべき局面だ。
にもかかわらず株価が下がらないのは、AI神話と過剰流動性が一部のハイテク株に逃げ場を求めて集中しているからに過ぎない。

踊り場が短い理由――AIハードウェアとアルゴリズムの加速装置

リーマンショック時、最高値から垂直落下するまでに約1年の「踊り場」があった。
2007年10月の最高値から2008年9月のリーマン倒産まで、緩やかな下降トレンドと強烈な反発が繰り返され、「これは健全な調整だ」という偽の安心感が広がった。
ベア・スターンズ破綻(2008年3月)の救済でさえ、「最悪期は脱した」という誤った楽観論を生んだほどだ。

だが、今回の踊り場は驚くほど短くなる可能性が高い。
最大の理由は、現在の上昇を支えているAIサーバーやGPUが、技術的陳腐化を数年単位で迎える「焦げ付く資産」だからだ。
リーマン時の住宅バブルは、不動産という数十年にわたって価値を維持する資産が対象だった。
それに対してAIインフラは、担保価値が急速に失われるため、信用収縮が始まった時のスピードは比較にならない。

加えて、アルゴリズム取引が「売りが売りを呼ぶ」連鎖を高速化する。
リーマン時は人間の手による判断が介在していたが、現在はAIやアルゴリズムがトレンドの終焉を検知した瞬間、一斉に売りを浴びせる。
数ヶ月かけて下落するはずのものが、数週間あるいは数日で調整されるリスクがあるのだ。
エネルギー危機もまた、じわじわ効く毒ではなく、コストプッシュ型の「劇薬」として市場の待てる期間を物理的に短縮している。

AIと実体のダブルパンチ――情報処理は物流なしには成立しない

今回の相場崩壊が最も深刻になる理由は、AI神話の限界と実体経済の供給停止が「ダブルパンチ」で襲ってくる点にある。
AIがどれだけ高度な最適化アルゴリズムを弾き出し、コードを数秒で書き上げたとしても、1トンの肥料や1リッターの軽油を運ぶトラックが動かなければ、その生産性はゼロだ。
AIによる生産性向上とは、結局「情報の処理」という上層レイヤーの話に過ぎない。

私が危惧しているのは、現代の製造業や農業が極限まで「ジャスト・イン・タイム」に依存している点だ。
わずか数週間の物流停止で、サプライチェーンは寸断される。
AIサーバーの冷却装置の部品、農機具のスペアパーツ、あらゆる資材が一つ欠けるだけで、全体のシステムが停止するのだ。

実体経済が破壊されれば、企業はAIへの投資を継続できなくなる。
すると、生産性を上げるはずだった高価なGPUサーバーは、ただ電気を食い急速に価値を失う「負債の塊」へと変わる。
これが信用創造の逆回転を加速させる、最後のトリガーになるだろう。

最後のカウントダウン――2026年秋口という臨界点

2026年4月の現在から半年後といえば、ちょうど秋口にあたる。
この時期は、AIへの莫大な設備投資を続けてきた企業が、四半期決算で「AIによる具体的な利益」を証明しなければならないタイミングだ。
同時に、ホルムズ海峡封鎖の影響が備蓄取り崩しで誤魔化せなくなる限界でもある。

金利高止まりの影響は、借り換えのタイミングで表面化する。
この先半年以内に満期を迎える債務の多くが、現在の収益力では借り換え不能に陥る可能性が高い。
ブラックロックの件は、いわば炭鉱のカナリアの最初の鳴き声だ。

相場の数字がまだ高い位置にあるうちに、金融資産から実体資産へのシフトを完了させる必要がある。
通貨や信用に基づく数字が揺らぐ時、最後にモノを言うのは物理的な生存基盤だ。
目の前で食料を生み出す畑、地域の廃棄物から熱源を確保するペレット燃料、手元の道具で維持管理するDIY精神。
その時、最後に笑うのは強い相場に最後まで乗った者ではなく、淡々と地に足のついた備えを完遂した者だろう。

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#経済分析#市場予測#地政学リスク#サバイバル

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