地熱は「公共の財産」か、外資の「燃料」か

日本は世界第3位の地熱資源国と言われながら、その開発は遅々として進んでこなかった。
しかし、昨今のAIブームに伴う大規模データセンター(DC)の誘致において、天候に左右されない「安定したベースロード電源」としての地熱が、突如として注目を浴びている。
ここで重大な懸念となるのは、これらの貴重な国産エネルギーが、まず国民の生活基盤や製造業の「生存」のために使われるのではなく、外資企業の計算機を回すための専用電源として囲い込まれようとしている点だ。

私は、この優先順位の逆転に強い憤りを感じる。
エネルギー自給率が極めて低いこの国において、地熱のような自立電源は地域の病院、避難所、あるいは食料生産拠点を守るための「公共の安全保障」であるべきだ。
それを、わざわざ海外から高い金を払って買ってきたGPUを動かし、さらにその計算機で海外企業のAIモデルを育てるために切り売りするのは、国家戦略として致命的な欠陥があると言わざるを得ない。

国民が負担する「インフラのただ乗り」コスト

大規模DCが参入する際、既存の電力網だけでは容量が足りず、大規模な送電網の強化や受電設備の増設が必要となる。
問題は、これらのインフラ整備にかかる膨大なコストが、DCを運営する企業によって全額負担されるわけではないということだ。
多くの場合、インフラ増強コストは電力会社の「託送料金」に含まれ、最終的には全ユーザー、つまり一般国民の電気代に上乗せされる形で回収される。

私は、これこそが現代版の「インフラへのただ乗り」だと考える。
外資企業を優遇して呼び込むためのインフラ投資を、なぜ生活に困窮する国民が負担しなければならないのか。
誘致による「成長」という甘い言葉の裏で、国民の生活リソースが外資の利益を最大化するための下支えに利用されている構造を、私たちはもっと厳しく監視すべきだ。

デジタル植民地:エネルギーを輸出し、利益を輸入する構図

結局のところ、日本で起きているのは「デジタル小作農」への道である。
日本の土地を提供し、日本の貴重なエネルギーを消費し、日本の国民が電気代を通じてインフラを支える。
しかし、そこで生み出された高度なAIモデルや、莫大なプラットフォーム利益はすべて海外の親会社へと吸い上げられる。
日本に残るのは、わずかな雇用と、老朽化していく巨大な計算機の残骸、そして高騰したエネルギー価格だけだ。

私たちは、自分たちのエネルギーを使って「自分たちを管理し、支配するアルゴリズム」を育てさせられているのではないか。
エネルギー安保の本質は、資源を自国のために使い、国民の主権を守ることにある。
計算資源という新たな「領土」をめぐる争いの中で、自国の根幹を切り売りしてまで外資の顔色をうかがう今の政策は、未来の世代に対する背信行為に他ならない。

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#エネルギー政策#データセンター#AI開発#安全保障

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